VRでトレーニングする「電動車いす」 “公共の場”を再現した練習も可能に

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任天堂のWiiウェアをはじめとするオンライン配信専用ゲームのプラットフォームなどを手掛け、ニュージーランドのゲーム業界で高い評価を受けているスティックメン・メディア。
同社はバーチャル・リアリティー(VR)といった、ゲームに用いられているテクノロジーを駆使し、電動車いすを乗りこなすためのシミュレーター、「ウィールチェア・トレーナー」を開発した。

必要なアイテムはたったこれだけ
このプロジェクトを皮切りに、社内で蓄積したノウハウをリハビリテーションや医療分野で応用・展開して商業ベースにのせようと、新会社Mテク・ゲームスを設立。
現在研究はそこで引き続き行われている。

●脊髄損傷者の自立を助ける電動車いす
電動車いすとは、電気モーターを動力源とし、肘かけに取り付けられたジョイスティックで動きをコントロールするもの。
脊髄損傷などが原因で体に麻痺がある人に主に利用されている。
生活を車いす中心に変えざるを得ない人たちにとっては、電動車いすを自在に操れることが、クオリティオブライフの向上に直結すると言っても過言ではない。

しかし、身体的な負担が大きいため、脊髄損傷者が実際に車いすに乗って操作練習をできるのは1日につきほんのわずかな時間に限られる。
そのため、操作法をマスターするには時間がかかる。

ウィールチェア・トレーナーの開発を最初に要請したのは、テクノロジーと研究開発を通して企業を支援する政府組織、キャラハン・イノベーションと、国内でも整形外科の待機的手術やリハビリテーションで定評のあるクライストチャーチのバーウッド病院だ。
同病院の療法士は、患者がまだベッドにいるときから始められ、訓練のはかどり具合を把握できるような指導システムを求めていた。

●ウィールチェア・トレーナーの成り立ち
ウィールチェア・トレーナーでは、ユーザーはオキュラスリフトのヘッドセットを装着し、VR上に設定された環境の中でジョイスティックを使って車いすの操作練習をする。
さまざまな課題や練習モードが設定されており、患者はそれをこなしていく。

パイロット版の模擬環境は、同病院の脊椎脊髄外科のリハビリテーション施設、「トランジション・ハウス」だ。
内壁を含めた施設全体はもちろん、家具なども3Dレーザースキャンされ、本物そのままにシミュレーション上に再現された。

車いすには、米国のインバケア社から提供された電動車いすとジョイスティックを採用。
3Dモデルを製作し、ゲーム・エンジンを使って、トランジション・ハウスのシミュレーション環境内で電動車いすの操作ができるようにした。

●期待が持てる、多岐にわたるメリット
現在もテストは続行中だが、患者も療法士も、トライアルに参加した人の誰もが、ウィールチェア・トレーナーに利点を見出している。

最も高く評価されているのは、電動車いすを操作する感覚、映し出された環境が本物とほとんど変わらないという点だ。
自分がいるのがどこかを明確に把握した上での操作訓練は、スキルを体得する上で大切と考えられている。

障害物をうまく避けるなど、車いすを自分の意志通りに制御するのは難しい。
従来の練習方法では、何かにぶつかるのではないか、転倒するのではないかといった不安感がつきまとった。
しかし、VR上ならそれを気にせず、思い切って練習ができる。
うまくコントロールできれば、訓練にも熱心に臨むようになり、上達も早い。

脊髄損傷者は当初、車いすを使っての暮らしがどんなものなのか想像がつかず、心もとなく思っていることが多い。
しかし、ウィールチェア・トレーナーを使えば、車いす生活がどんなものかを模擬経験できるので、こうした不安を解消できる。

また療法士にとっては、各人の車いす操作の記録がそこに残される点が大きなメリット。
記録があれば、患者の心身に訓練がどのように影響しているかが把握でき、治療の助けになるからだ。

●3D酔いの問題もクリア
一方、トライアルでは問題点も浮かび上がってきた。
それはユーザーの3D酔いだ。

車いす操作時のアクセル、ブレーキのかかり具合、フレームレートの低下により生じるジャダー(動きのがくつき)、模擬環境における光の明滅、角を曲がる際などに感じる車いすが浮くような感覚などがその原因だ。

3D酔いのために、VRを使っての練習が嫌になったり、途中で中止せざるを得なくなったりしないよう、Mテク・ゲームスは既に問題解決を試みている。
その結果出来上がった改良版を試してもらったところ、3D酔いを経験する人は激減。
0を「酔いをまったく感じない」、10を「吐き気をもよおすほどの酔い」と、酔いの度合いを設定したところ、3以下という評価が下されるに至っている。

●ウィールチェア・トレーナーを世界の電動車いす操作実習者へ
プロジェクト開始からわずか1年と数カ月だが、既に、米国と英国での販売に向け、投資家グループから資金援助の申し出がきている。
また米国のピッツバーグ大学の人間工学研究所との共同研究も行われており、プロジェクトは順風満帆に進んでいる。

Mテク・ゲームスのウィールチェア・トレーナーに対する目標は明確。
1つは、電動車いすの訓練プログラムとしての確立だ。
これまでは、ショッピングセンターや空港、バス乗り場などの公共の場は、車いす利用者が練習を希望しても、リハビリテーション施設での再現が物理的に不可能だった。
こうした場所もVR上に取り入れることにしている。

もう1つは、車いすでの生活設計の際に参考となるものにすること。
種々のメーカーの車いすをVR上で試し、自分に合うものを見つけてもらう、またVR内のさまざまなスペースを車いすで動き、どのような住環境が理想的かを確認、自宅改修などの際の目安にしてもらうことを目指す。

こうした付加価値を付けた上で、ウィールチェア・トレーナーを世界中の脊髄外科病院で活用してもらい、骨髄損傷者のよりスムーズな社会復帰を手助けしたい、とMテク・ゲームスは考えている。

●ライター
執筆:クローディアー真理、編集:岡徳之(Livit Tokyo)

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