「ソードアート・オンライン」は「すでに実現しつつある」――落合陽一さん・伊藤監督ら 「SAOが未来の世界観を決めている」
小型ヘッドフォンのような端末を身につけると、見慣れた街並みがダンジョンに変貌し、巨大なモンスターが襲いかかってくる――そんな近未来を描いたアニメ映画「劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-」(2月18日公開、以下「劇場版SAO」)。
同作は2026年の東京を舞台にしているが、そんな未来は訪れるのだろうか。
何もない空間に“妖精”が出てくる技術
「こういう世界は少し先になってしまうかもしれないが、実現している技術もある」――そう話すのは、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)などの技術に詳しい落合陽一さん(筑波大学助教授)。
2月15日に「DMM VR THEATER」(横浜市)で開かれたイベントで、落合さんのほか、同映画の伊藤智彦監督、タレントの池澤あやかさんがSAOの実現可能性について語った。
●ソードアート・オンライン(SAO)とは?
川原礫さんの小説が原作。
2009年に原作第1巻が発売され、アニメ、漫画、ゲームなど幅広くメディアミックスを展開している。
テレビアニメのあらすじは以下の通り。
2022年、「ナーヴギア」というヘッドギア型VRデバイスが登場し、世界初となるVR MMORPG「ソードアート・オンライン」が発売された。
しかし、開発者の茅場晶彦の思惑によって約1万人のプレイヤーが仮想空間に閉じ込められてしまう。
ゲーム内で体力がゼロになると現実世界でも死亡するという過酷なルールの中、主人公のキリトたちが脱出を目指す。
劇場版SAOは、この物語から4年後(2026年)が舞台。
ナーヴギアの後継機として、ヘッドフォン型ARデバイス「オーグマー」が登場し、覚醒状態の人間に視覚や聴覚、触覚情報を送り込むことが可能に。
オーグマーを装着すると現実世界にモンスターが現れるAR MMORPG「オーディナル・スケール」が話題になっている。
●「視覚」は実現済み、課題は「触覚」?
SAOでは次のようなシーンがある。
これらは現代の技術でどれだけ実現できているのか。
これから実現しそうな兆しはあるのだろうか。
・VR端末(ナーヴギア)でゲーム世界に没入。
妖精など“実在しないものに触れる感覚”もある。
・AR端末(オーグマー)を身に着けると現実世界の風景が一変。
モンスターが現れて襲いかかってくる。
・現実世界の何もない空間に、天気などの情報、メニューアイコン、文字入力用のキーボードなどを重ねて表示。
「視覚だけを見ればもう実現している」――そう言って落合さんが取り出したのは、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)「Microsoft HoloLens」。
現実世界に3D映像を重ねて表示できる機能は「劇中にも登場するAR端末『オーグマー』の視点そのまま」と池澤さんも話す。
「惜しむらくは見た目が(オーグマーよりも大きい)ナーヴギアということ。
もう少し小さければ……」とぼやく落合さんに、池澤さんは「それでも、スマートフォンは発売から十年程度で小型化しているので、あと9年あれば」と期待を寄せる。
一方、「AR、VRのような視覚の技術だと、バーチャル世界に飛び込めるレベルまで到達していると思うが、触覚はどうなのか」と池澤さんが質問。
落合さんは「感覚は基礎研究の段階」としながらも研究事例を紹介した。
落合さんが例に挙げるのは、SAOに登場する「ユイ」という妖精のキャラクターを再現する技術。
劇中では、ユイは現実世界には存在しないが、AR端末を装着すると見えるようになるという設定だ。
落合さんが2015年に発表した「Fairy Lights in Femtoseconds」という技術は、空中にレーザーを照射し、空気分子をプラズマ化することで、妖精の3次元像を描くというもの。
指で映像に触れると、静電気のような触覚が得られるという。
このほか、超音波スピーカーを用いて、何もない空中なのに“触っているような感覚”を生み出させる技術もあるという。
「ザラザラ、ツルツルといった、表面の形状などのいち特徴しか作り出せないのが現状。
だが、任天堂の新型ゲーム機『Nintendo Switch』には触覚を表現する機能(HD振動)が搭載されたりと、(触覚を生み出す技術は)話題にはなってきている」(落合さん)。
そうした触覚の技術は、伊藤監督が映画の演出でこだわったポイントの1つという。
「視覚・聴覚情報のデバイスは伝えやすいが、戦闘もののアニメなので、触覚情報を伝えるデバイスをどうアニメで表現するか」(伊藤監督)。
伊藤監督によれば、登場キャラがゲームの世界で触覚を感じていることを観客がイメージしやすくするために、AR端末と一緒に棒状のコントローラーを使うシーンを描いたという。
「剣やマイクをキャラが握っているときは、Wii コントローラーのように、何かを持っているほうがよいだろうと考えた。
作中では一切説明はないが、敵から攻撃を受けると振動する機能も備えている設定がある」(伊藤さん)。
●「地図の表現」にドキドキ
「劇場版で1番ドキドキしたことは、地図の表現がうまいこと」――落合さんはそう話す。
「スマホだと画面が小さいし、地図音痴からすると方向がわかりづらい。
(AR技術で)空間をダイナミックに使い、地図を表示する演出が面白い」(落合さん)。
その一方、これまでのテレビアニメ版では「地図を表示するシーンがなかったのはなぜ?」と落合さんは伊藤監督に質問。
これに対し、伊藤監督は「(アニメ版の舞台となるゲームでは)自分でダンジョンを探索してほしい。
RPGは最初からどこへ行けばよいか分からないもの」と説明。
落合さんも納得した様子だった。
「確かに『Hey!Siri!ラスボスの居場所を教えて』とは言えない」(落合さん)。
何もない空間に地図を表示したり、メニューアイコンを表示したり――など“近未来”の要素が登場する一方、SAOは中世のような世界観が描かれていることも特徴だ。
伊藤監督は「『主人公たちはゲームをしている』という、ファンタジーだけじゃない感覚を出したかった」と振り返る。
一般的なオンラインゲームのプレイ画面を参考にしつつ、中世の雰囲気とマッチするシンプルなデザインを心掛けたという。
「(空間に情報を表示する操作は)原作小説ではもう少しゴテゴテした記述があったが、コマンドは全てアイコンで表示し、そこからコマンドを選んでいくのが未来では正しいと判断した」(伊藤監督)
●ドローンの場面にこだわり「せめてフィクションでは飛ばしたい」
劇場版SAOでは、東京の空を複数台のドローンが旋回し、特定のポイントにキャラクターを投影するシーンがある。
伊藤監督によれば、映画のシナリオを描いているときに現実世界でドローンのトラブルを伝えるニュースが相次ぎ、「このままだと東京上空をドローンが飛ぶことはないと思い、せめてフィクションでは飛ばしたかった」という発想からアイデアが生まれたという。
このエピソードを聞いて「実は僕の研究室で、そっくりの技術を作っている」と落合さん。
ドローンからガスを噴射し、空中にフォグスクリーンを作り出して映像を投影するものだという。
「(劇中のドローンは)技術的にリアリティがあって面白く感じた。
本当は飛ばしたいが、大人の事情で怒られてしまうので……」(落合さん)。
●「SAOが十数年後の世界観を決めている」
「SAOでは、先の技術のデザインを、どのように空想して作っているのか」――池澤さんのそんな質問に、伊藤監督は「原作を見ながら、詳しい技術者とも相談し、未来のデザインを考える。
その上でなるべくアニメで描きやすいものを」と話す。
劇場版のオーグマーは、ソニーの製品デザインを手掛けるクリエイティブセンターが協力したものだという。
そうしたデバイスのビジュアルに、落合さんは「SAOを見て育った人たちが、最新のVRデバイスを作っている場合もある。
SAOが時代の先を描いていて、それを目標に技術者が頑張るという点が面白い」と話す。
「SAOが十数年後の世界観を決めている」(落合さん)。