“早すぎた”VR機「バーチャルボーイ」の思い出をレトロゲームマニアが語る
10月に「PlayStation VR」が発売されたが、視界を覆うヘッドマウントディスプレイを見て、かつて任天堂が開発した“とある3Dゲーム機”を思い出した人も少なくないようだ。
そのゲーム機とは、1995年に発売された「バーチャルボーイ」。
テーブルにスタンドを立て、真っ赤なゴーグル型のボディーで立体映像を楽しむ、任天堂の意欲的な家庭用ゲームマシンだ。
任天堂の故・岩田聡さん自身、「バーチャルボーイは、商業的にいえば、失敗したと思います」と語ったように、ハード自体の普及はPlayStation(1994年)やセガサターン(1994年)などの高性能なライバル機には及ばなかった。
筆者は1995年当時は7歳だったが、PlayStationとゲームセンターを往復する生活だったので、バーチャルボーイの存在自体を知らなかった。
バーチャルボーイは、赤と黒で表現された奥行きのある画面でゲームを楽しむもので、モノクロでニンテンドー3DSを立体視しているような体験といえば分かりやすいだろうか。
PlayStation VRのように、視界全体が映像で覆われたり、モーショントラッキング機能を備えていたりするわけではない。
しかし、今改めて遊んでみると、1995年にこんなものが登場していたのかと驚く。
「リアルタイムでバーチャルボーイを触ってきた人の衝撃は、それの比ではないだろう」ということで、大学時代にバーチャルボーイで遊んでいたという榎戸利光さんに当時の思い出を語ってもらった。
ちなみに、榎戸さんは20種以上のハードと5610以上のタイトルを自宅にそろえる生粋のレトロゲームマニア。
ブラウン管2台でゲームセンターさながらの環境を再現したアーケード版「ダライアス2」や、バンダイの「光速船」(元は米GCEのVectrex)など、マニア垂ぜんのコレクションも記事後半で紹介していきたい。
●3Dの感動と衝撃、冷たかった世間の反応
実家がゲームセンターであった榎戸さんは、子供の頃からゲームが大好きだったという。
「大学時代は寮生活で、6畳一間の貧乏学生だった」と言うが、部屋の中にはファミコン、スーパーファミコン、PlayStation、セガサターン、PCエンジンDuo、ネオジオなど、10種以上のハードが所狭しと並んでいた。
バーチャルボーイも当然欲しかったが、当時の価格で1万5000円(税別)となかなか高価だった。
しかし、とある中古屋で「ソフト5本付きで4500円」という破格の値段で投げ売りされていたため、すぐに購入したという。
榎戸さんは「大学内でも相当変わった人たちしか持っていませんでしたね(笑)。
それなら、PlayStationやセガサターンを買うよって人がほとんどです」と、当時を振り返る。
「正直、世間の反応は冷たく、ゲーム雑誌や漫画でも扱いがひどかった不遇でふびんなハードでした」と話すが、榎戸さん自身は「初めて触ったときは衝撃的で、感動した」という。
「赤黒のみのグラフィックとはいえ、1995年当時での3Dは衝撃的。
ワイヤーフレームもしっかりしていて、何より赤いハードというのがお気に入りです。
こんなものを形にしたのかと、任天堂のチャレンジ精神に感動したのを覚えています」と興奮気味に語ってくれ、「欲を言えばカラーにしてほしかったのと、ゲームボーイみたいに通信ケーブルで対戦できるようにしてほしかったです。
予定はあったらしいのですが廃止になってしまいました」と続けた。
購入前も、遊び始めてからも、「早すぎたマシン」という印象は変わらなかったという。
●バーチャルボーイの思い出
バーチャルボーイとの思い出を振り返ってもらった。
まずは一番身近な寮生活。
榎戸さんの部屋にはみんながゲームをしにきたが、バーチャルボーイは1人でしか楽しめないのがネックだった。
「例えば部屋に3人いるなら、2人がPlayStationをやって、余った1人が待ち時間にバーチャルボーイ、みたいな感じでした(笑)」と振り返る。
また、榎戸さんはとあるイベントでバーチャルボーイの対戦会を開催したこともある。
2台のバーチャルボーイを並べ、ゲーム終了後のスコアを競った。
「イベントは、狙い通り盛り上がりませんでしたね。
でも、中にはプレイしながら自分で実況する猛者もいました」と、榎戸さんは笑顔を見せる。
PlayStation VRのように、観客たちはプレイ画面を共有できないため、今ゲーム展開がどうなっているのか全く把握できないからだ。
今どちらが優勢なのか、どんなプレイをしているのか、全く分からない。
ひたすらシュールなプレイ姿をみんなで見ている。
想像すると、それはそれですごく楽しそうだ。
●コレクションの一部を紹介
榎戸さんの自宅には、これまで収集してきたレトロゲームがびっしりと並んでおり、ゲーマーなら寝食を忘れて遊べる夢のような空間になっている。
収集にかかった金額を尋ねると、「怖いのもあり、ちゃんと数えてなかったですね(笑)。
軽く500万円くらいはいくんじゃないでしょうか。
アーケード版ダライアス2を設置するだけで約20万円ですし、ショーケースの中にあるファミコンやスーパーファミコンのソフトだけで50万円以上はするかと思います」と答えてくれた。
バンダイの「光速船」(元は米GCEのVectrex)、ファミコン用コントローラーの「パワーグローブ」(パックスコーポレーション)、「スーパーカセットビジョン」(エポック)など、なかなかお目にかかれないマシンも多い。
ちなみに、今あるバーチャルボーイは新しく購入した2台目。
ソフトも14本そろえている。
「みんなでわいわいゲームをするのが好き」だと話す榎戸さんは、時折、集めたコレクションで仲間たちとゲームを楽しむのだという。
今はオンラインゲームやスマホゲームが普及し、昔のように誰かの家に集まってにぎやかにゲームを楽しむ機会は減ってしまったからこそ、「こういった空間を大事にしたい」という思いが強い。
「世間ではVRが話題ですが、技術が追いついて、ようやくバーチャルボーイが目指したかったものが実現できる時代になったのかな」と笑顔で締めくくった。
VRは、基本的には1人で楽しむものだ。
だが、先日バーチャルボーイを編集部に持っていくと、「なんだこれは?」と人だかりができた。
リアルタイム世代の上司は懐かしさを、平成世代は物珍しさを感じ、挑戦的な真っ赤なボディーに引き寄せられてきたのだ。
みんなで1つのゲームを楽しんだ、あの頃の記憶がよみがえる。
だが、みんなすぐに気付いた。
画面を共有できないから、これはプレイしている人しか楽しくないぞ、と。
1人、また1人と業務に戻っていく。
当時バーチャルボーイを持っていた人はこんな気持ちだったのかな。
そう思いながら、1人自席で赤いゴーグルをのぞき込む。
(村上万純)