「Pokemon GO」の次は? “玩具化”したARはどこへ行くのか
AR(拡張現実)技術を活用し、現実の世界に重なるようにポケモンが現れる――スマートフォン向けゲーム「Pokemon GO」に世界中が熱狂している。
7月6日に米国などで先行公開(iOS/Android)されると、Android版のアクティブユーザー(DAU)は3日間で600万人を突破。
12日には2000万人超と、米国で歴代最多の記録を塗り替えた。
「ニコニコ超会議2016」で上演された歌舞伎「今昔饗宴千本桜」より。
舞台上のスクリーンに初音ミクが登場した
こうしたAR技術の研究は、つい最近始まったものではない。
これほど一般に浸透するまでには20年来の研究の歴史があった。
1999年、加藤博一氏(奈良先端科学技術大学院大学教授)が、白黒のマーカーを使ったARアプリを開発できる「ARToolKit」を発表すると、さまざまなユーザーがARアプリを作成・公開。
2007年、ニコニコ動画に投稿された動画「ARToolKitで初音ミク」などが話題を呼んだ。
08年にiPhoneが国内で発売されると、そのカメラ機能を生かしたアプリ「セカイカメラ」が09年に登場。
スマホのカメラ越しに見ると、空間上に文字や画像を「エアタグ」で付与・共有するアプリだ。
iPhoneの初期の人気を支え、ARの可能性を垣間見る草分け的存在だった。
近年は、初音ミクなどのバーチャルキャラクターが舞台上のスクリーンに登場し、歌声やダンスを披露するイベントが開催されているほか、ロート製薬や森永製菓などは製品のパッケージを使ってARコンテンツを提供している。
さまざまな企業がプロモーションに活用するほど、ARは身近な存在になっているようだ。
一方、ARは「ゲームに使われる技術」「キャラクターが踊るもの」――など“玩具”のように思われるケースも少なくない。
だがARの研究はさらに進み、企業プロモーションの用途を越え、ビジネスの現場や日常生活を変えようとしている。
そんな未来の可能性を説明するキーワードが、MR(Mixed Reality、複合現実)という言葉だ。
MRとは、現実世界に映像を重ね合わせて見せるだけでなく、実際に触ったり、動かしたりできる技術を指す。
広義にはARに含まれる概念だが、従来の「映像をオーバーレイ表示するだけ」の技術ではなく、操作が映像に反映されることで、現実世界と仮想世界がより融合(Mixed)したかのように体感できることが特徴だ。
現在、MRの技術はどれほど開発が進んでいるのだろうか。
実用化されると私たちの世界はどう変わるのだろうか――長年「MacUser」編集長を務め、IT業界のトレンドを追い続けてきた松尾公也(ITmedia ニュース編集部)が語る。
●松尾公也(まつお・こうや)
Mac誕生前夜の1983年コンピュータ関連出版業界入り。
PC Magazine、PC WEEK、MacUserなどを経て、IT業界の裏道を歩みつつ現在に至る。
8ビットコンピュータでの音楽制作に始まり、iPhoneとiPadを使った楽器の弾き語りを得意としており、フジテレビ出演、東京ドーム公演経験あり。
●MRは「時を越える」
――MRは現実世界に映像を重ねるだけでなく、インタラクティブな操作が可能になるという。
MRの技術は、どんな場所でどのような活用が期待されているのか
松尾:従来のARは「玩具」と思われるかもしれないが、MRという言葉にはそうしたイメージを払しょくし、ビジネス面での実用性をアピールしたい狙いがあるように思う。
例えば、キヤノンITソリューションズは「MREAL」という技術を開発している。
現実の空間をビデオカメラで撮影して位置情報を計測しながら、CGを合成してディスプレイに見せる技術で、保守・点検などの現場で活用を見込んでいるようだ。
作業のマニュアルを画面にオーバーレイ表示すれば、両手がふさがらない上に、手のジェスチャーでページをめくるなどの操作も可能になるだろう。
それから、米Microsoftはヘッドマウントディスプレイ「HoloLens」を開発している。
同社が日本航空(JAL)と共同開発したアプリは、整備士がエンジンの構造を学んだり、パイロットが操縦を訓練したりできるものだ。
――点検や整備の現場だけで使われるのか
松尾:米Microsoftはそれだけにとどまらず、オフィスにもMRを導入したいという意欲が見える。
例えば現状の会議だと、プロジェクターを使って1つの画面に映して、皆が「画面が小さい」と文句を言っている場面をよく目する。
だが、皆がHoloLensをかけて、空間上に浮かぶバーチャルな情報を一緒に見られるとどうだろうか。
映画「アイアンマン」には、設計図が空間に浮かび上がっていて、皆が同じように見えるシーンがある。
平面図と比べると、立体物のイメージを共有しやすくなる上に、指で回転させたり、拡大表示させたりと、より直感的なコミュニケーションが可能になるだろう。
――オフィス以外の場所、普段の生活だとMRはどのように使われるのか
松尾:例えば私の場合だが、亡くなった妻に会えるのではないかと思う。
妻の姿を3Dモデルで再現して現実世界にオーバーレイさせ、触れることができる。
本人の声は、初音ミクのように合成音声で作れるし、生前にTwitterでつぶやいたログを人工知能に学習させれば、会話の文章も生成が可能だ。
仮想的な人格を生み出せるかもしれない。
――「時を越える」ということか
松尾:そうかもしれない。
同じようにすれば、昔に撮影したビデオの映像に入り込むこともできる。
自分が撮ったビデオには自分のアングルの映像しか残らないが、その世界自体を3Dオブジェクトで再現すれば、自由に動き回ったり、後ろを振り向いたりもできる。
その場で椅子に座って右を向くと、“当時の妻”がいるかもしれない。
●MRの世界、実現はそう遠くない?
――MRが世界をどう変えるかは何となくイメージできたが、実現するのはまだまだ先の話にも思える。
いつ頃になるだろうか
松尾:そんなに遠い未来ではなくて2〜3年すれば、ありうる話ではないかと思う。
いまARやVR(仮想現実)が花開いているのには、GPUが強力になったという背景がある。
ARにせよ、VRにせよ、3Dオブジェクトを生成するには、強力なGPUのパワーが必要だが、現状では少なくともミニタワーくらいのゲーミングPCがないとVR映像は動作しないし、PlayStation VRもかなりギリギリの性能だと思う。
ただ、NVIDIAの「GeForce GTX 1080/1070」、AMDの「Radeon RX 480」など、高性能なグラフィックスカードが相次いで登場し、ハードルを下げている。
小型化・低価格化が進んで、眼鏡型端末やスマートフォンに実装できるようになると、大体の問題は解決するのではないだろうか。
ソフトバンクが買収したARMも、実はGPUを設計していて、Cortex MaliというGPUはひと世代前のデスクトップPC用独立型GPUと並ぶだけの性能があり、実際にVRを主用途に挙げている。
現在、MicrosoftのHoloLensは一体型なので、周辺機器いらずの約30万円、VRのヘッドセットは眼鏡型端末が約10万円、それを使えるようにするためのPCも約10万円で合計20万円くらいだ。
性能では少し落ちるPlayStation VRだと、PS4込みで約10万円。
2〜3年後、よりコンシューマー向け製品として低価格化が進めば、ノートPCの代わりに持ち歩く時代が来るかもしれない。